大山の四季(2025年)

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ページ番号1017018  更新日 2025年12月9日

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大山地域の四季を写真とともに紹介します。

2025年11月 有峰の紅葉

写真:有峰湖

有峰ダム湖周辺に初積雪があった翌日、晴天に恵まれた有峰に紅葉狩りに行きました。亀谷連絡所から有峰に近づくにつれて紅葉が鮮やかに美しくなっていきました。有峰ではダム湖の水面が太陽の光を反射し、周辺の紅葉とのコントラストが鮮やかでした。ビジターセンターの方に話を伺ったら、前日は10センチメートルほどの積雪があったそうです。有峰ダム湖周辺から折立へ向かいましたが、途中、道路に雪が残っており、ノーマルタイヤでの走行は無理ではないかと考え、諦めました。秋と冬が同時に訪れた有峰の紅葉でした。2025(令和7)年11月4日撮影

 

2025年10月 立山初冠雪の朝

写真:千垣、小見を結ぶ芳見橋から見た風景

常願寺川にかかる芳見橋から見る景色は壮大です。清らかな常願寺川の流れを両岸の森が包み込むように延びています。中央には川幅いっぱいの滝が水しぶきを上げている本宮砂防堰堤が見え、すぐ後ろに円錐形の与四兵衛山が控えています。その奥に高く聳え立つのは大日岳。大日岳の右に目を移すと立山も望むことができます。今朝は雪化粧をした山々の姿を見ることができました。2025(令和7)年10月29日撮影

2025年9月 秋の景色

写真:資料館横に咲いているツルボの花

資料館に来られたお客様から「ツルボが咲いているね」と声をかけられ、初めて聞く名前だったので慌てて外に出てみると、花丈が20センチメートルほどの薄紫色した花が咲いていました。小さい花が集まってふわふわとした可愛らしい姿からはツルボという名前が想像つきません。ツルボの花にはヤマトシジミやマルバチと他にも小さな虫が忙しそうに集まっていました。ふと気付いたら資料館の敷地内にあるキンモクセイが甘い香りを漂わせています。9月の終盤になってようやく穏やかな気候になり、これからの秋を楽しみたいと思います。2025(令和7)年9月28日撮影

 

2025年8月 ダムの中は冷蔵庫

写真:有峰ダムの中を探検する

8月2日に有峰森林文化村で行われた「有峰で遊ぼう」に参加してきました。有峰森林文化村の開村を記念して毎年8月第1土曜日にイベントが開催されています。今回は木工クラフトづくり体験、昆虫採集、ネーチャーゲーム、ロープを使った木登りツリーイング、ミステリーツアー、そして、ジャズシンガーであるCHIKOさんのミニライブが行われました。ミステリーツアーでは有峰ダムを探検することができます。有峰ダムの上から地下4階までエレベーターで下りると気温が10.2度でした。外の気温は27.5度に対してダムの中の気温は冬でも一定だそうです。「なぜこの場所はこんなに涼しいのでしょうか!」

2025年7月 馬瀬口天満宮のサルスベリ

写真:馬瀬口天満宮

記録的猛暑の夏でもサルスベリの花はよく見かけます。サルスベリという名前は、樹皮がはがれて滑りやすくなっていて、木登り上手の猿も滑り落ちそうだというところからつけられたといわれます。名前はもう一つあり、夏から秋にかけて100日も咲き続けることから百日紅(ヒャクジツコウ)ともいわれています。樹齢400年以上の老木で知られている馬瀬口天満宮の大サルスベリを見にいきました。しかし、大木の姿は見当たらず、あったのは小さな木だけでした。よく見ると小さな木の下には大きな切り株がありました。大サルスベリをもう見ることができないのはさびしいですが、切り株から出ている枝には薄い紅色の花が咲いていました。大サルスベリが残してくれた花です。2025(令和7)年7月30日撮影

2025年6月 熊野川にかかる文華橋から

文華橋から見る風景

熊野川にかかる文華橋は花崎と文珠寺とを結びます。赤い欄干が特徴的なこの橋の銘板には昭和36年1月竣工と刻まれています。町史『大山の歴史』を読むと、昭和20年に木製の橋がかけられたが、昭和34年7月10日の深夜から11日の早朝にかけて熊野川流域に300ミリメートルに達する豪雨があり、橋は流されてしまった。その後に現在の橋がかけ替えられたと書かれています。橋は人と人をつなぎ、生活にはかかせない存在だと気づかされました。文華橋から熊野川を望むと、文珠寺集落の家並みと遠くには薬師岳が凛々しく輝いていました。雨が多くなる季節、おだやかな暮らしがいつまでも続くことを願います。2025(令和7)年6月29日撮影

2025年5月 金山穆韶の顕彰碑を見て

金山穆韶氏顕彰碑

大山行政センターに立ち寄った後、帰ろうとした時に顕彰碑が目に留まりました。大山三賢人の一人、金山穆韶の顕彰碑です。太陽の光に照らされ輝いていました。穆韶は明治9年に文珠寺で生まれ、13歳で上市町の大岩山日石寺に入門します。それから真言宗の道を一筋に貫きました。高野山奥の院には、真言宗の開祖弘法大師をおまつりした御廟があります。その御廟に穆韶は、大正2年から昭和8年までの21年間、38歳から59歳まで1日として欠かさずお詣りをしました。それは真言宗の教えを心身ともに体得し弘法大師の心に近づきたかったからです。そして仏教の繁栄や人々に仏の御加護があることもお祈りしたのです。それからも厳しい修行を積み重ねながら、一方では学問の研究に取り組むという努力の人でした。顕彰碑の後ろには満開の山藤が見られ、その姿を讃えているようでした。2025(令和7)年5月8日撮影

2025年4月 歴史を見つめる道標

大山寺駅前交差点の道標

常願寺川左岸側、立山橋そばの大山寺前交差点に自然石の道標が立っています。この道標には「左立山道 右ゆみち」の文字が刻まれています。左の道は立山登山道へ右の道は立山温泉へ行くと案内しています。この道標はかつて東町の観音堂のT字路にありましたが、道路整備などにより現在の場所に移設されました。立山道の宿場町として発展した上滝は行き交う人々でにぎわっていました。多くの旅人がこの道標を頼りに目的地へと向かったことと思います。現在の場所に移っても道しるべとして立つ道標は、チューリップの花々に彩られ、地域で大切にされている様子がうかがえます。2025(令和7)年4月25日撮影

 

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