【佐藤記念美術館】企画展「富山ゆかりの三絵師ー岸駒・公均・立嶽」

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ページ番号1018769  更新日 2026年5月11日

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イベントカテゴリ: 催し・イベント

開催エリア:富山地域

開催期間

2026年4月18日(土曜日)から2026年7月5日(日曜日)まで

休館日 5月25日(月曜)~5月31日(日曜)

開催時間

午前9時 から 午後5時 まで

入館は16時30分まで

開催場所

富山市佐藤記念美術館

内容

 近世以降、富山からは多くの絵師たちが世に出て、個性豊かな作品を後世に残しています。なかでも、江戸後期から明治初期にかけて中央画壇で健筆をふるった、岸駒、吉田公均、木村立嶽の3人は、現在でも広くその名が知られています。
 江戸後期の京都画壇で才覚をあらわし、岸派の祖となった岸駒(1749?-1838)は、母親の実家が富山県の岩瀬にあったと伝えられています。青年期までを加賀国金沢で過ごし、安永8年(1778)頃に京都に上ると、やがて諸派を折衷した表出性の高い画風を確立し、円山応挙らと並んで京の人気絵師となりました。
 吉田公均(1804-1876)は、文化元年(1804)に富山県の上市町で生まれています。岸駒の作画活動が最盛期を迎える文化年間の末頃に上洛し、四条派の紀広成や松村景文に師事して絵を学びました。やがて20代後半には一流絵師としての地位を確立し、安政2年(1855)の京都御所再建の際には御学問所に障壁画を描くなど、主に幕末の京都を舞台に活躍しました。
 3人の中でもっとも遅く生まれた木村立嶽(1828-1890)は、文政11年(1828)に富山市南央町で生を受けました。12歳で当時の富山藩主・前田利保の推薦を得て、木挽町狩野家の幕府奥絵師・晴川院養信に師事します。青年に達すると富山藩御用絵師として藩の画事に従事するようになり、一方で狩野派の一員として江戸でも実績を残しました。明治維新後はA・フェノロサが組織した鑑画会に加わり、西洋の絵画表現を取り入れた新しい日本画の創造にも取り組んでいます。
 本展では、当館や富山市郷土博物館の所蔵品の中から屏風や掛軸など約20点を選び、かれら3人の画業の一端を紹介します。江戸や京都で名をあげた、富山ゆかりの絵師たちの足跡に触れていただく機会となれば幸いです。

企画展「富山ゆかりの三絵師ー岸駒・公均・立嶽」

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このページに関するお問い合わせ

佐藤記念美術館
〒930-0081 富山市本丸1番33号
電話番号:076-432-9031
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